創造性とメモと悪筆の関係

今朝、眠りながら何か思いついていたような記憶があります。

睡眠から覚醒する直前というか、そのあたりでアイデアが生まれていることが結構あるのですが、残念なことに完全に覚醒したころには記憶から消えているのです。

気のせいですかね。。。

 

こんばんは、コーチングスケイプの大森です。

 

メモを取る習慣があることはあるのですが、案外良いアイデアが生まれる時って運転中とか、満員電車の中とか、メモを取りづらい時だったりするのです。運転中ならICレコーダーで対応可能ですけど、満員電車とかはねぇ。

メモにしろICレコーダーにしろ、後で読み返すことが大切です。

メモをとっても見返さなかったら、そのアイデアはいつ活かされるのでしょうか。考えてみたら、見返す必要があることは分かりますよね。

私がICレコーダーを使わないのは、この「読み返す(聴き返す)」という作業がICレコーダーには不向きのような気がします。単純に私がもっとマメになればいいだけの話かもしれませんけど。

タブレットとかにメモを取るというのもアリだと思うのですが、読み返すときの一覧性がないのでこれも不向きかも。

 

こう考えると紙のメモって、読み返す作業に適しているように思うのです。何だったらメモ帳をばらして並べてもいいわけですし。

どんなに便利な道具が出てきたとしても、読み返す作業のことを考えると、今のところ私には紙に手書きで書いておくことが一番適した方法になります。電子ツールとか大好きなんですけどね。

 

でも、読み返した時に自分でも何を書いているのかわからないことがあったりするのですね。

 

「猫は猫であって、猫でない」とか、言葉自体が意味不明だったり。

(おそらく抽象概念、記号としての言葉に関する記述だと思いますけど)

 

もう一つは、悪筆。

 

今は、ペンの持ち方を矯正中なので特に気を付けてはいますけど、一番わからないのは酔っぱらって書いた文字ですね。字としての原形をとどめておらず、全く解読不能なこともあります。

 

沢山のメモを取ったり、長い文章を書き続けるという作業をしたいのですが、今までのペンの持ち方ではすぐに手が疲れてしまうのです。なので、書き続けても疲れないように正しいペンの持ち方を覚える。

 

きれいな字を書けるようになることも重要なんですけど、これが私が悪筆を直したい一番の理由なのです。

 

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