英語の概念をインストールする

言語を学ぶということは、その国の文化を学ぶことだ。

以前、そのように教わったことがあります。ただ、その時は何となく、その言葉の背景を学ぶことだろうなとしか理解していませんでした。

最近、再び英語の勉強を再開して、改めて英作文なども毎日少しずつ行うようにしていますが、勉強するにつれて、先の言葉の意味が分かってきました。

 

こんばんは、コーチングスケイプの大森です。

 

言葉って、他の動物は持っておらず、人間ならではのコミュニケーション手段です。もちろん動物の中には鳴き声などで互いにコミュニケーションをとっている種もありますけど、人間の言葉のような高度なものではありません。あくまで意思疎通であり、思考を伝える手段ではありません。そもそも思考そのものが人間ならではの行為だからですね。

人間の思考の一番すごいところは抽象概念です。たとえば「犬」という言葉も抽象概念です。犬という動物の集合体をイメージした言葉で、自分の飼い犬も、隣町の○○さんちの飼い犬も、野良犬も、柴犬やセントバーナードなどの様々な大きさや形をした種類も、スヌーピーのようなキャラクターも、すべて「犬」という抽象概念に含まれています。

これって、すごい事なんですよ。人間以外の動物には無い能力です。

ただ、この能力には個人差があります。抽象化が得意な人もいれば、不得手の人もいます。何を集合化してひとつの抽象概念を作り上げるかも、人それぞれに能力差があります。

 

話を英語に戻しますと、英語の文章を読んでいると日本人にはイメージしづらい表現が出てきます。

たとえば、

 

The twentieth century saw many social changes.

20世紀に多くの社会的変化が起こった。

 

英文を直訳すると「20世紀は、多くの社会的変化を見た」で、これだと日本語としておかしいので上のような意訳になるのですが、英語の文章では確かに「20世紀は見た」という表現をしています。

20世紀は人ではないので、20世紀というものが「見る」という行為をすることは考えられません。

こういう時、「英語ではこう表現するので、日本語に訳すときは」云々と言われるのですが、表現とか言い方の問題ではなく、英語を母国語としている人たちは確かに「20世紀」という抽象概念があって(ここまでは日本人も同じです)、その概念上の20世紀は「見る」という行為をしているのです。

20世紀に限らず、英語では無生物がいろいろな行為をしています。少なくとも彼らの頭の中では。(無生物主語+述語動詞)

こういう日本人の頭の中にはない概念を自分の頭の中にインストールできないと、ネイティブスピーカーが感じる自然な英語には近づけないのだということですね。日本人が英語が苦手なのも、この言語の文法上の構造に違いだけでなく、この概念が大きな障害になっているはずです。

 

その国の言語を学ぶことで、その国の人の考え方を学ぶことになる。冒頭の言葉はそういう事を意味しているのだと、ようやく理解できました。最初は困難に感じることになるけれど、こういう概念を身に着けることで他国の言語学習の上達を早めるのではないかと思いました。

 

【追記 2016.04.12】
上記の内容に私の思い込みが含まれているため、4月12日付「外国語を学ぶことは簡単ではない」で修正記事を書いています。

 

abstraction photo

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