外国語を学ぶことは簡単ではない

先週からNHKラジオ「基礎英語1」を聴き始めた娘が、通っている小学校にいるイギリス人の先生に英語で話しかけたそうです。

学校から帰ってくると、うれしそうに「通じた」ということを伝える娘がちょっとうらやましく思うのです。私の通った小中高には無かった環境ですからね。

でも、その喜びが英語を学ぶモチベーションになってくれるだけで私は満足です。

 

こんばんは、コーチングスケイプの大森です。

 

先日、「英語の概念をインストールする」という記事を書いたのですが、訂正というか修正というか、正しくないことが書かれていますので、今日はそのことについて書いてみます。

前回の記事の内容を簡単に書くと、英語の発想をするために必要な概念を頭の中で作らなければいけないということです。この中で持論として英語話者の頭の中を想像しているのですが、昨日アメリカ人(もちろん母国語は英語)にそのことを訊きました。

持論に挙げた例文が「Twentieth century saw many social changes.」(訳:20世紀に、多くの社会的変化が起こった。)です。直訳すると(20世紀は多くの社会的変化を見た)になります。日本語では「見る」という動詞の主語は人や動物(生物)になるので、20世紀という無生物が主語になるという概念がありません。

前出の記事の中で、私は英語話者の頭の中には20世紀という無生物が「見る」という行為をしているイメージがあるのではないかと考えていたのですが、アメリカ人である知人に訊いたらそんなことはないとのこと。単純に強調したい事柄を主語にしただけなのだそう。

でも、なぜ「see」という動詞が続くのかという問いに対しては、具体的な回答は得られませんでした。日本語に関しても我々日本人が使っている言い回しは、当たり前すぎて「なぜ?」と訊かれても困ることってありますよね。おそらく彼女にとってもそういう類の質問だったのでしょう。

だとすると、おおよその感覚が掴めるようになるまで一定数以上の英文に慣れ親しむしかないのかもしれませんね。「数をこなす」ということです。

 

以前紹介した『英語「なるほど!」ライティング』(講談社)という本には、日本人が日本語に引っ張られて作り出す英語を指摘しながら、自然な英文に直すための方法が紹介されています。

そうしたポイントを押さえつつ、少しでも多くの英文を読むことを繰り返すのが結果的には英語上達の近道なのだということでしょう。外国語の習得には時間も努力も必要で「王道に近道なし」なんだと改めて理解しました。

今回質問した知人は日本語を覚えるために相当の努力をしたはずですし、普通に日本語が話せるようになった現在も努力を続けていることでしょう。「やっぱり英語を覚えるのは大変だねぇ・・・」とつぶやいた私の言葉に対する彼女のひと言に、そうした意味合いが込められていました。

「日本語もね・・・」

 

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