自分を勘定に入れずに話を聴く

テレビをつけると地震報道が流れ続けていますね。

現段階では募金程度しか出来ることはありませんが、被害に遭われた方が一日も早く普段の生活に戻れること、お亡くなりになられた方にはご冥福をお祈りいたします。

 

こんばんは、コーチングスケイプの大森です。

 

昨日の傾聴の話の続きです。

コーチングでクライアントの話を傾聴するのですが、その時に肝心なのは話の内容にコーチの判断を加えないということです。

といっても、研修の参加者の感想ではこのことが一番難しいとのこと。まぁ、分かります。私も最初はそうでしたから。

 

どういう事かというと、例えば会議で部下が上司に反抗的な態度を取ったとします。一般的に会社組織において、しかも会議という場において部下が上司に対して反抗的な態度を取ることはあまり褒められることではありません。悪い事だという人もいるでしょう。

仮にその会社では悪い事だと思う人が多かったとします。すると、その部下がとった反抗的な態度(もしくは言動)は悪い事と判断されます。

 

でも、コーチングの中でコーチはその部下の態度を悪いことだとは判断しません。クライアントが悪い事だと言ったとしても、です。

その上司がクライアントで、その部下とのやり取りを聴いた場合、コーチが聞き取るのは概ね次の2点です。

①会議の場で、ある部下がクライアントに対して反抗的な態度を取った。

②クライアントは部下の言動を悪い事だと判断している。

クライアントの話す口調などから不快感や憤りを感じているということも聴き取れるかもしれませんが、ここでは割愛します。

 

もしコーチがクライアントと同じように部下は上司に逆らってはいけないという価値観(もしくはその逆の考え)を持っていたとしても、それを脇に置いておくということです。

これって、結構訓練が必要な考え方だったりします。ついつい「わかる、わかる!」と同意をしてしまったり、「ほんと、そういう部下には手を焼きますよね。○○さんも大変ですね」と同情してしまったり。でも、同意や同情はクライアントの問題解決には不要なのです。「それで腹が立ったわけですね」などの共感は必要ですけど、共感≠同意・同情なのです)

 

実際のところ、国が違えば文化も違います。悪い事を取り締まる法律だって違うのです。日本では違法のことも別の国では合法のことだってあるわけですし、時代によっても変わるものです。

人間関係における物事の良い悪いの判断基準は実は危ういもので、結局のところないのではないかと思うのです。「私は~だと思う」という主観的事実はもちろんありますが、客観的事実かどうかは怪しいということ。

だとすると、それぞれの視点や立場によって良い悪いの正解はあるはずですし、対立している両者がそれぞれ正論を言っていることだってあるのです。

クライアントが自分自身で問題を解決していくためには、偏った視点・視野のバランスを取ることが必要です。多角的に物事を眺めてもらうためには、コーチはフラットに物事を捉える必要があるのですね。

ですから、自分の意見、心情、信念などは一旦脇に置いてクライアントの話に耳を傾けなければなりません。

 

宮沢賢治の有名な「雨ニモマケズ」の中で、このような一文があります。

 

あらゆることを

自分を勘定に入れずに

よく見聞きし分かり

 

この「自分を勘定に入れず」がそれにあたります。

 

詩の最後にはこう書かれているのですが、

 

そういうものに

わたしは

なりたい

 

偉そうなことを書いてしまいましたが、私もあの詩に書かれているような人間になれたらいいなと思っています。

 

(- -)。oO(これが難しいんだよなぁ)

 

宮沢賢治 photo

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