どうでも良い事に思いを巡らせてみる

人間って、何かしら意味を求めたがる生き物ですよね。

でも、ときどき意味のないことを考えてしまうみたいです。

 

こんばんは、コーチングスケイプの大森です。

 

なんだか哲学でも語りそうな文章で始まってしまいましたが、そんな難しい話でもないのです。

ネタに困ったときに書こうと思っていた ちょっと前に読んだ記事について書いてみます。

 

人間が実は作られたシミュレーションの世界に住んでいるのではないか?という仮説を科学者たちが議論

 

マトリックスという映画を観たことがある人は何となく想像できる話ですが、要するにこの世の中は作り物で、人間たちはそれに気が付いていないのでは?という話です。

そこまで精密な空想でなくても幼いころの空想で、自分たちが箱庭を作って小動物を済ませているみたいに、実は自分たちはもっと大きな生き物の箱庭の中で生きているのではないかというようなものって在りませんでしょうか。

ま、空想としては面白いのですが、実際にその答えが分かったところで実益がないのですけどね。

 

でも、似たようなことをきちんと考えなければいけないのかもしれない、とも思うのです。

例えば、人工知能が発達すると、その知能は自分という存在、つまり自我をどのように理解するのだろうかとか、現実に起こりうる話なのかもしれないなと。

これまた映画とかの設定でもありますけど、クローン人間が出来たとして、そのクローンたちの「自我」をどう扱うべきだろうかとか。

技術が発達して、自我を持ちうるものを創造可能になったら(すでになりつつあるけど)、作った側にも責任があるのではないかと思うのです。

 

別に結論があるわけでもなんでもないのですけど。

ただ、人工知能やロボットが発達した世界を怖がる人もいるのもわかるけど、やみくもに恐れても仕方ないし、起こりうる可能性を無視してしまうのもよくないと思っています。なので、こういう取り止めのないことに思いを巡らせることも必要なのではないかと思っています。

あ、もう一度書いておきます。結論はありません。。。

 

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Photo by refreshment_66