その研修に深みはあるのか?

今日は上の娘の誕生日。

なんだかんだでもう二十歳なんです。

時間が経つのが早いのか、遅いのかもわからないのですが、こちらの感覚とは別の次元で子どもは育つんですね。

なんてことを思いながら、今日もブログを書きます。

 

こんばんは、コーチングスケイプの大森です。

 

『コーチングの風景』を公開してから、少しずつですが研修をつくるにはどうしたらいいのかという相談を受けるようになりました。

相談してくる人のレベルも様々で、そもそもコーチングに関する知識が不足している人もいれば、知識は十分にあるのだけれどうまくまとめられない人もいます。

研修に対する考え方も人それぞれなのですが、少し気になることがあります。

それは、単に知識を分かり易く体系的にまとめることが研修づくりのプロセスだと思っている人が多い事です。実際、そういう風に作られたであろう研修を見たことがありますが、正直なコメントをすると薄っぺらいのです。いや、分量的に少ないとかいう意味ではなく、内容に深みが無いということです。

 

深みを出すためには、知識を体系的にまとめる以前にやっておかなければいけない作業があります。

たとえば、「研修の対象となっている事柄に対する造詣と哲学を持つこと」です。

知識をまとめただけの研修は、安いビジネス書を読んで知識を得るのとそんなに差がありません。

 

例を挙げると、スキルの項目を作るとき、

本当にそれは必要なのだろうか?

そのスキルが無かったらどうなるのか?

代わりとなるスキルはないのか?

そのスキルだけを使い続けたらどうなるのか?(本来の意図は保たれるのか?)

違う分野ではどんな方法で処理しているのだろうか?

などなど、様々な問いかけを自分自身に(あるいは制作グループに)投げかけながら、物事の本質を探っていく作業から、造詣や哲学が製作者の中に蓄積されていきます。

最終的な作業は、アイデアや知識を文章や図面で提示することですが、ここに至るまでの過程の深さが、そのまま研修の深みとなって現れるわけですね。

これらはとても面倒な作業です。効率的に研修をつくろうと思えばいくらでもそうできるのですが、そうしないことによって生まれる深みがその研修プログラムの魅力になるのだと思います。

少なくとも私はそのように信じています。

 

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