みんながいいと思うものはつまらない

自分の個性を大切にしたいとか、個性的でありたいとか。

こういう意見はよく聞かれます。

でも、個性的ってどういうことなんでしょうね。

 

こんばんは、コーチングスケイプの大森です。

 

個性的であるというのは他人と違うということ。

そして、日本においては「人と違う」ということが「異質」とみられる傾向があるということです。

他人から受け入れられる異質と、受け入れられない異質があると思うのですが、まったく新しい個性はどちらにも転ぶ可能性があります。

これまでの価値観、人々の固定概念とは違うものであれば後者、つまり周囲から受け入れられない可能性が高くなるのでしょう。

 

外山滋比古の「思考の整理学」という本の中で島田清次郎という大正時代の小説家の話が出てくるのですが、この小説家は当時天才ともてはやされていて、同じ頃、夏目漱石の作品に対して疑問を呈する人もいたのだとか。夏目漱石の評価が現在どうなっているかは皆の知るところだと思いますし、島田清次郎を知る人はあまりに少ないのもお分かりだと。

新しいものが出てきた当初、大衆(流行を後追いする人たちであり)が理解できるものは受け入れられ評価を高める。一方でたとえどんなに優れたものでも大衆(自ら流行を作り出せない人たち)の理解を超えてしまうと受け入れられることはない。

簡単な理屈なのですが、これが表面化するには時間を必要としているということでしょう。

そう思うとみんなに好かれるとか、一人でも多くに人に理解されたいという気持ちが先行しすぎると、かえってつまらないものになってしまうのではないかということです。

 

そんなことを考えていたら、ちょうどこんな記事を読みました。

「国民的美少女コンテスト」グランプリ受賞者はなぜ大成しないのか――人材選抜の謎に迫る

内容は読んでいただくとして、興味を引いたのは「多くの人の目で、あらゆる角度から選ぶので、角がとれた人が選ばれがち」という部分です。

なるほど、納得!

 

アイドルでも「えっ、これがアイドル?」という超個性的なものが一部の熱狂的なファンを獲得している例はたくさんあります。ただこれが全国区になるのは難しい。

自分が大切にしたいものをやり続けるとき、熱狂的なファンを獲得するのか、はたまた万人受けを狙うのか。自ら商売をするときは、少しこんなことを考えてみる価値はあると思います。

一番いけないのは、中途半端なことでしょうね。反省・・・・。

 

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