個性と知恵と、その先にあるもの

2010年から3年間、写真を学んでいた。それ以前にもフィルムカメラが主流の時代に写真を撮っていたりしたけれど、きちんと教わってみようと思ったのが始まり。最初は最新のデジタル技術に憧れてデジタルカメラを買ってみたけれど、途中でフィルムカメラに戻った。モノクロ写真で作品を作ろうと思ったのが理由で、モノクロならフィルムだろうという思い込みも手伝った。

学び始めた当初は「構図」とか「画角」とか、そんなことを考えて写真を撮る。作品を作るうえで同シャッターを切るかが重要だと思っていた。それがモノクロフィルムで撮影をするようになってから変化が生まれた。自分でフィルムを現像し、印画紙に焼き付ける。この作業を続けるうちにプリント技術の大切さが理解できた。プリントが作品を決める、シャッターを切る際の構図や画角などは良いプリント作品を作るための準備にすぎない、というくらいに私の中の重要度が変わってしまったのだ。

このようなことは写真に限ったことではない。スポーツだってなんだって、学べば学ぶほどに最初は分からなかったことが見えてくる。実は研修を実施する時も同じだ。最初は研修をする、ヒトに何かを教える(伝える)上で、知識や情報が大切に思えていた。大切さは今も変わらないけれど、もっと重要なことがあるのではないか。

事業計画や製品情報のプレゼンテーションでは内容の理解と共に「伝え方(表現手段)」が大切になる。研修はそれを含めて、ファシリテータが持つ「何か」がとても重要で、それはその人の個性であったり、(決して知識や情報の量ではなく)知恵ではないか。

そう考えるようになってから、それらの「個性」や「知恵」を集約させるような仕組みがあれば、きっと何かすごいことが起こると信じている。

 

personality photo