無益なことを積み重ねてみる

昨日観たテレビ番組で、最近人気のタレントが売れない時代の生活を語っていて、仕事がないのでブログを書いていたという話をしていた。早速そのタレントのその頃のブログを覗いてみると、他愛のない事柄が綴られていた。

他愛のないどうでも良いような事柄って、確かに意味を持たないようだけれど、我々の日々の生活はこうしたどうでも良いことが満ち溢れていて、それが積もり積もって何かの意味を成してくるのかもしれないなとも思った。

自分がブログを書くとき、どうも肩に力が入ってしまって、仕事につながること、何か意味のあることを書こうとしてしまう。結果として毎日更新などというブログを書くときに重要な継続性が損なわれてしまう。毎日有益なことを書こうと思うなら、長続きはしない。

仲間内のコミュニケーションだろうが、組織のマネジメントだろうが、一切の無駄を排除しようとするとギクシャクするのだろう。無駄を楽しむくらいの方がうまくいくというのは、自分の経験から理解できることだ。

なんだかまた屁理屈をこねてしまったけれど、当面は毎日更新してみる。なので、無駄な内容も増えることでしょう。でも、その積み重ねが自分であって、このブログの中に手触り感のある「人」が浮かび上がればいいなと思っている。

 

puzzle photo