無駄って何だろう?

先日、「無駄なこと」に触れた投稿をしましたが、ある本を読んでいて面白い内容に触れたので、その「無駄」に関連して書いてみることにします。

その本というのは「数学する身体」(森田真生著、新潮社)です。この本の中でイギリスのある大学での研究について書かれています。その研究というのは、簡単なコンピュータチップを人手を介さず電子装置に作らせるというもの。研究のリソースを参照できていないので詳細は不明だけれど、本によると以下の結果が得られたとのこと。

予め論理機能を備えた論理ブロックをつなぎ合わせ、異なる音程の二つのブザーを聞き分けるチップを作るのですが、それは人間が設計に必要だと考える最低限度の論理ブロック数を下回ったブロック数で完成させたというのです。

さらに面白いのは、その論理ブロックの組み合わせの中には、人間から見て無駄だと思う回路も含まれているのです。試しに無駄なブロックを取り除くと、チップそのものは機能しなくなる。ということは、それは必要な回路だというわけですね。

研究者が詳細にその「無駄」と思われる回路を調べてみると、論理ブロック同士が電磁的な影響を相互に与えているらしく、人間だったら「ノイズ」として設計時に排除するものだった。つまり設計を行った電子装置は「ノイズ」を利用して回路を作り上げたということです。(結果として人間の考える必要な回路数よりも少ないブロックで作り上げた)

人間のエンジニアが設計する場合には、あらかじめリソースとノイズを定義して設計に取り掛かるので、このようなことは起こらないそうです。ですが、無機質な電子装置はそれを無視して利用したということですね。

本の中ではこの話を別の視点で扱っていますが、コーチ&ファシリテータの私としては別の意味で非常に興味深く読み取りました。

組織運営や問題解決をテーマとした話し合いの中では、本題に関係のないコミュニケーションを排除しがちです。「本線から脱線」とか「無駄話」として中断せざるを得ない場合が多いのです。時間的な制約があるから仕方のないことですが、無駄なものと切り捨てる前に注意深く「使えるものはないのか?」という視点で読み解く価値があるのではないか。

無駄を楽しむ余裕を持っていたい、と改めて思う次第です。

 

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Photo by daliscar1