コーチングの風景

学生時代から数学が苦手だった。高校の試験ではやっても無駄と勉強すら諦めた。私に限らず、数学が苦手という人は少なくないと思う。

最近、そんな私がひょんなことから数学に興味を持ち始めた。きっかけは『考える人』(新潮社)という季刊誌を読んだこと。「数学の言葉」という特集になぜか惹かれ購入。その特集記事で知った森田真生さんの講座を受講した。「大人のための数学 数学的思考と身体」がそのタイトルである。

数学というと数式が思い浮かび、トラウマのような自分の学力を意識してしまうが、この講義にはそのような頭痛のタネは出てこなかった。出てきたのは「風景」という言葉だ。数学的な思考や計算を繰り返していくうちに現れる身体的感覚、そしてそこから見えてくる風景というものを森田さんは言葉を尽くして伝えてくれた。正直に言えば、私には体験を伴う皮膚感覚で彼の言葉を理解できなかったが、他の分野のことに置き換えて解釈する程度のことはできたと思う。

以前から「一所懸命の先にあるもの」に憧れていた。人間がある道を極めると、その極めた先にあるものが見えるのではないか。例えば、超一流のスポーツ選手、偉業ともいえる発見をした科学者。一般的な努力を遥かに凌ぐ努力をし、その道を極めた人間が見ている世界があると信じている。そしてどのような道でも構わないから、自分もその世界を見てみたいと。先の講演者が伝えようとした「風景」も、このような世界の景色なのだと私は解釈した。

コーチングにも「風景」があって、その断片くらいは今の自分も見ていると感じている。子供のころから飽きっぽく、ひとつの物事に集中して継続した経験に乏しい私が、コーチングを学び、プロのコーチとして活躍して10年。私が一廉の能力と経験を持ち合わせている、と他人に誇れるもののひとつがコーチングであって、これからも続けていく意志がある。これからの新たな風景、そして今見ている景色を少しずつここに綴れればと願い、このブログを始める。

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