鏡と自分と傾聴の話

「男は四十になったら自分の顔に責任を持て」

という言葉がありますよね。今朝、鏡を見ながら「ちょっと老けたかな」という感想と共にそんな言葉を思い出しました。自分では若いつもりでいるのですが、今年で五十を迎えます。今年はいろいろな意味で飛躍しようと改めて思った次第です。

 

おはようございます。コーチングスケイプの大森です。

 

川面に映った自分の姿を見た犬が、それが自分だとは理解できず、自分の咥えている餌を取りに来た他の犬だと勘違いして吠えてしまい、餌を川に落としてしまうという童話があります。

鏡に映った自分の姿を「自分」だと認識するのはかなり高度な脳が必要で、かなり以前の研究ではこの能力を持つ動物は人間以外ではチンパンジーとオランウータンだけだと思われていたそうです。

2000年代に入ってイルカにその能力があると報告されて以降、アジアゾウやカササギなどにもそのような能力が認められ、いまではイカも鏡に映った自分の姿を自分だと認識できることが確認されています。

生息域も異なり、哺乳類、脊椎動物に限らず、共通するものがないのですが、発達した脳(イカも無脊椎動物としては例外的な巨大な脳の持ち主)と、社会性を持っているとことがその能力を持たせる条件なのではないか、という仮説があります。

確かに社会性を持った集団の中に適応するためには、自己と他者を分けて考えられることが求められますよね。

 

人間でも「こんなこと当たり前じゃないか。なんでお前はできないんだ!」という自分勝手な、自己と他者の区別がついていないような価値観を持っている人がいますし、そういう人は集団の中で何かしらの問題を起こします。

自分の価値観を押し付けることは良くないと思われていますが、それでも大なり小なりそういうことを他人に強いている場面は、誰にでも経験があるのではないでしょうか。要するに無自覚にやってしまっていることなんですよね。もちろん、私も含めて。

 

コーチングを学ぶ際に自己認識を高めるトレーニングを行います。アセスメントなどを使う場合もあれば、グループでフィードバックしあったり、孤独に内省を求めることもあります。こうしたワークを通じて、自己認識を高め、自己受容を促していくわけです。

自己認識、自己受容が出来ていないと、クライアントの話に自己を投映してしまったり、アドバイスをしたり、時として感情を伴う反応をしてしまいます。「傾聴」とは程遠い状態ですので、この状態ではコーチングは成立しません。

 

宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の一節で、「あらゆることを 自分を勘定に入れずに よく見聞きし分かり」という言葉がありますが、傾聴は正に「自分を勘定に入れずに」聴くことだと思っております。自分と他人は違う。容姿や性格も違えば、自分の価値観と他人の価値観も違う。人の話を聞いているときに、つい忘れがちな事です。でも、意外と難しいことでもあります。

 

 

人の話を、どのように聴いていますか?

 

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