メールを見ないのは身勝手な行為なの?

大したことではないのだけれど、最近ストレスが溜まることがあります。

それは仲間との仕事上のコミュニケーションです。

 

こんばんは、コーチングスケイプの大森です。

 

何がストレスになっているかというと、一緒に仕事をしているのにもかかわらず、こちらからの連絡に何の反応もないことです。

別に無視されているのではないのですが、こちらからの連絡を相手が見ていないということ。

いわゆる「既読スルー」ではなく、「未読」のままなのです。

 

メールであれ、Facebookでのやり取りであれ、見てくれなければ話が進みません。もちろん、メールやFacebookを通じて連絡を取り合うのは合意済みです。

急ぎの用事なら電話でもなんでも相手を捕まえますが、相手が複数(多数)だったりすると連絡手段を日ごろからチェックしてもらわないと困るわけです。(どうしてもというときは個別に連絡を取りますけどね・・・・。最近も一件ありました)

私が困るだけ?いや、相手も困るはずです。仕事ですからね。

 

今どき、一人でできる仕事は限られています。組織に属するのを嫌がって独立した個人事業主だって、結局は他者の協力なくして仕事は成り立たないのが現実です。

だからこそ、コミュニケーションが大切になってきます。

先の話は、個々には高いコミュニケーション能力を持っている人たちです。

でもね・・・・。

 

コミュニケーションが取れないだけでなく、日ごろからメールを見ていないとか、Facebookでのやり取りを見ないとか、その他なんでもいいのですが「見ていない」という人たちは、どのように情報に接しているのだろうか。

細かなことは気にしない。

べつにメールやSNSだけが情報の接点ではない。

そうなんでしょうけどね。でも、有効な情報収集手段のひとつだと思うのですよ、今どきの。

 

用件があるときは自分から連絡する。それ以外は外部からの情報を遮断する。

そういうなれたら楽なんだと思うけれど、きっとなれない。

それが私の性分だからです。

 

誰かが自分に連絡を取ってくれるということは、自分が必要とされていることの証。

自分を必要としてくれている人からの連絡を無碍にはできないのですよ。

 

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愚痴くらい言わせてあげればいいのに

世の中にはゴールデンウィークという何日も休める日があるらしい、という都市伝説を知りました。

それが本当だったら、なんと素晴らしい事でしょう!

 

こんばんは、コーチングスケイプの大森です。

 

いえ、私も休むんですけどね。でも、今日は仕事でした。

忙しい人たちが集まろうとすると、なかなか日程調整が難しく、なんだかんだで予定が入っていない日というと休日だったりするわけで。

会社に勤めて雇われの身だった頃は休みの日が待ち遠しかったのですが、独立してからは、休み=仕事が無い=お金が入ってこない、という公式が成立して休むことが不安になるのです。儲かっていない時期は特にそう思いますね(笑)

 

こんなところで愚痴を言っても仕方ないのですが、昨日の記事で「真面目な雑談」が社内コミュニケーションの要みたいなことを書きました。これ一歩手前の話になりますが、愚痴が言えるか言えないかも判断基準の一つかもしれないと思うようになりました。

愚痴っぽい人は私も苦手です。そんなことばかり言っても何も変わらないよね、と感じて余り続くと聞いているだけで嫌になってくる。

愚痴ばかり言うのも問題ですが、「愚痴すら言えない」雰囲気というのも息苦しい。

人間ですから負の感情があります。それを貯めこむことは精神的に良い影響はありません。それを適度に吐き出すことで、前向きな気持ちを取り戻すことが出来るのですね。

「愚痴すら言わせてもらえない」ような組織は、本音を漏らせない、本音で会話ができない状態なのです。

本音で語り合えない雰囲気の組織と、多少の愚痴を言う程度のことが許されて自由に発言できる組織。あなたならどちらの組織に属したいですか?

私なら後者です。ただ、愚痴ばかりになると困るので、愚痴を前向きな気持ちに変換できるコミュニケーションがあればいい。

ただそれだけなんですけど、なぜか愚痴すら言えない雰囲気を出している組織やマネージャーが多いのも事実です。

「あぁ、やってらんねぇ。経費を使わずに大きなイベントをやれって言われてもな…」
「そうだよね、分かる分かる。うちの部も同じだよ。」
「ありがとう。でも、やるしかないんだよね。何とかアイデアを絞り出さないとな」
「だよねぇ。お互い頑張ろう。愚痴りたくなったらいつでも聞くよ!」
「そうだね、俺も頑張るよ。」

これって、ダメな会話ですか?

 

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Photo by peteandcharlotte

雑談が生まれる環境は組織の要

今日も一日、一人で黙々と作業をしていました。私は基本的におしゃべりなので、人との会話がないと辛いのです。

個人で仕事をするようになってからは、人と雑談をする機会が減りました。

大切なお客様の会社のリソースを私の雑談に付き合わせるわけにはいきませんし、コンサルティングの仕事では時間単位で課金することもあるので尚更です。ですから、サラリーマン時代のように同僚と世間話をするような機会が自然と減ってしまうのですね。

 

こんばんは、コーチングスケイプの大森です。

 

組織内で働いていた時は、意識しなくてもいろいろな人とコミュニケーションをとる機会がありました。営業職でお客様やビジネスパートナーに合うだけでなく、社内の人間とも多くの接点があったからです。

ところで、「社内コミュニケーションを積極的に取る」ということを意識的に行おうとする組織は少なくありません。コミュニケーションが生み出す価値を知っているからこその取り組みなのでしょうけど、時々違和感を感じるときもあるのです。

毎日会社に出て仕事をしていれば、自ずと接点はあるはずですよね。なのにあえて「コミュニケーション!」と社員に促しているわけです。

いや、意図は分かるんですよ。でもね。。。

 

営利組織の社員とか、ボランティア組織とか、何でも構わないのですが過去の私の経験上、組織が上手く回っているときはコミュニケーションが自然と取れているのです。そして、その多くは「雑談」だったりします。

その雑談はプライベートや家庭のこと、というよりも真面目な雑談。一見仕事とは関係のない、たわいのない会話です。お客さんからこんなこと言われて困ったとか、どこそこの会社でこんな取り組みを始めたらしいとか。すぐには仕事に結びつかない内容なのですが、互いに相談に乗ったり、ただ単に共感や興味を示すだけだったりと様々なパターンで会話が交わされていました。

このたわいのない会話が後に役立つこともあれば、立たないこともあるのですが、なぜかこういう会話がなされているときって会社も儲かっていたりします。

儲かっているから雑談が生まれるのか、雑談があるから儲かるのかは分かりませんけどね。

 

話を戻すと、コミュニケーションを取ろう!と言っているその会社が求めている会話が仕事上のコミュニケーションだとすると、ちょっと息苦しいかも。悪いとも思わないんですけど、コミュニケーションって「取れ!」と言われて取るような堅苦しいものではないと思います。

もし取り組むのであれば、コミュニケーションの阻害要因を考えた方がいいかも。きっと経営者やマネージャ同士もコミュニケーションを取っていないのだと思います。だから、社員に言う前に、自分たちのコミュニケーションを見直す必要があるのです。彼らが真面目な雑談を「自然に」取れるようになっていれば、会社の雰囲気も違ったものになる。そう思うのです。

 

あなたの周りで雑談は交わされていますか?

 

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