ハードルを乗り越えるには、まずハードルを認識せよ

今日は久しぶりに落ち込む出来事に直面しました。なんとなく気も重くなり、新たな行動が起きにくい。

でも、現実を直視できたことで、次にするべきことを考えるきっかけにもなりました。別に無理やり前向きにとらえようとしているのではなく、目の前に壁があることが分かったら、乗り越える、迂回ルートを探る、穴を探す、もしくは開ける方法を考えるなどなど、目的達成までの道を探ればいいだけですからね。

そういう意味では、今回の出来事も前向きに捉えてもよいと思いました。

 

こんばんは、コーチングスケイプの大森です。

 

以前にもポジティブ思考についての投稿をしたことがありますが、ポジティブな捉え方をするにも捉え方というものがありそうな気がします。

ポジティブ思考が害になる理由とその対処法」という記事を読んだのですが、現実逃避スタイルのポジティブさを持っている人がいたらと、それは「害」になるのではないかと。

嫌なことから目を背けたいという気持ちは分からなくもないのですが、現実から目を逸らしたところで現実に起こっている問題、もしくはこれから起こりうる問題が解決するわけではないのです。

 

コーチと名乗る人たちはポジティブなことが好きなようです。(私も嫌いではないです)

コーチが集まって会議する場で、私はよく問題点などを指摘するのですが、どうも空気がおかしくなるのを感じています。どうも彼らからは私がネガティブな人間に映っているようですね。

でも、出来ない理由ややらない理由を挙げているのではなく、問題解決に向かう時の「障害」を指摘しているだけなのです。障害が分からないまま突っ走れば、必ずぶつかるのは目に見えているので、壁を乗り越える(もしくは迂回など)ための方策を事前に考える必要があるからです。でないと、時間の無駄だし、何のための会議だかわかりません。(少なくとも私には)

 

別にコーチに限った話ではないと思いますけど、現実を無視してもろくなことは起こりませんから、考えうる可能性は検討しておきたい。でも、それを無視しようとする人もいるということです。

現実を見つめつつ、大きな目標に向かって走り続けることが、目標達成(問題解決)に必要なことだと信じて疑わないのです。

 

困難な状況に直面した時、あなたの目には何が映っていますか?

 

hurdle race photo

Photo by oscarandtara

進化し続けるためは拠所が必要となる

いつも、ブログの更新は 23:00 に投稿するようにしています。

で、先ほど 23:05 に今日のブログを書いていないことに気が付きました。

一瞬「たまには休んでもいいかな」という心の声が聞こえましたが、数分の自問自答の後、書き始めました。

なんであれ、毎日更新って毎日書かなければ達成できない目標ですからね。ここでやめるわけにはいかない!

 

こんばんは、コーチングスケイプの大森です。

 

自分で決めたルールなんですけど、こういう抑止力となるものがあるのとないのとでは長い目で見たら、最終的に大きな違う結果を生み出すのではないでしょうか。

たとえば憲法。民主主義の国では国民の意見が尊重されます。いわゆる民意ということですけど、これって多数決の原理が働くんですよね。多くの国民が望んでいること、民意の大きさがものをいう世界です。

 

でも、これって考えようによっては怖いと思いませんか?

多数派=正義という図式になりがちですが、いつも多宗派が正しいとは限らないからです。組織でもなんでもそうだと思いますが、集団って時として暴走するときがあるのです。悪いことと思っていても会社の不正を誰も防ぐことができなかった、などという事件は数年に一度はニュースで耳にします。

 

国という単位でも同じことがいえるのではないでしょうか。事実、戦争という暴走をだれも止められなかった過去がありますからね、我々の国は。

で、民意の暴走を防ぐ抑止力として憲法というものがあります。ここでは今の日本が云々ということを語るつもりはありません。どこの国でも憲法は国民の暴走を防ぐ機能を担っているのです。

 

でも困ったことに、そういうものであるからこそ、細かな部分を規定するものではなく、いろいろな事象を包含できるように抽象的な表現を使わざるを得ないのが憲法の規定です。そうすることによって広い意味で抑止力を働かせることができるのですね。

抽象的な表現はいか様にも解釈できるわけですから、拡大解釈も可能となってしまいがちになるのが痛いところです。

 

話をコーチングに置き換えると、コーチングって様々な意味合いで使われています。なので、現時点で「コーチングとは」といっても一つの定義では収まりません。

では、何でもいいのかというとそうではないのです。

そこで国際コーチ連盟では、我々が行っているコーチングを「コア・コンピテンシー」と「倫理規定」というもので定義しています。英語でも日本語でも読めるので興味のある方は一度読んでみることをお勧めします。

読むと分かるのですが、結構ふわふわっとした抽象的な文章で書かれています。場合によっては「だから何?」というような項目も。

でも、当たり前なんですね。私も最初に読んだときは「だから何?」と思うことも多かったのです。でも誤解だということが分かりました。

 

これらは「これをすればコーチングができますよ!」という意図で書かれたものではないということです。

「コーチングとは○○だ!」といってしまうと世界が狭まり今後のコーチングの広がりをつぶしてしまいますので、「○○もコーチングだ」と外延的な定義をしていくことになります。この外延的に定義するときの抑止力として、先のコア・コンピテンシーや倫理規定があるのだということです。

なので、「こうしてください」と言っているのではなく、「これに反することはコーチングではありません」という読み方をしないといけないのです。

だから、国際コーチ連盟のコア・コンピテンシーと倫理規定は、我々コーチにとっての憲法のようなものなのです。今後拡大していくコーチングの拠所となるために。

 

あなたは今後、何を拠所にして進んでいきますか?

 

国会議事堂 photo

こだわり?ポリシー?そんなの関係ないかもね。

五年前の3月10日(あの震災の前日)に愛猫が他界。毎年命日になると墓参りに行っているのですが、今年は少し早めの今日、動物霊園に行って参りました。

私にとって初めて飼い猫です。同居した当初は、家の中に猫がいるという意識がありましたが、ある日、家の廊下を互いにすれ違ったときにその意識が消えているのを感じました。

猫がいることが自分の中で自然になったと感じた瞬間でした。なぜか今でも強く記憶に残っています。

この猫がなくなって以後、我が家にペットはいません。そのうちに犬か猫を飼いたいと思っていますが、しばらくは彼(♂)が、私の中での唯一の飼い猫で居続けるでしょう。

 

こんばんは、コーチングスケイプの大森です。

 

以前も紹介した長谷川さんのブログに書かれていた記事です。

 

「私は乱世に生きている」と思ったのが、全ての始まり

 

ここに書かれている「私理由」というものにとても共感しました。

彼女が「私理由」と言っているのは、お客様には関係のない自分なりのこだわりだったり、(成功するために)やるべきことをしない言い訳のようなものです。

なぜ共感したのか?それは大森自身もたくさんの「私理由」を持っているからです。

 

プロコーチとして歩み始めて早10年。私理由がなければ、もう少し、いや随分と違った世界にいると思います。

たとえば過剰な宣伝文句を言うとか、こんなことをアピールするのははしたないとか、数え上げればきりがないほどの私理由が大森の中にあります。

昨年くらいから大部分を捨てましたが、それでもまだまだ捨てなければいけないものがあります。

 

では、なんで捨てることができたのか?

簡単に言えば切羽詰まったからですね(笑)

 

だから、見る人が見ればわかるだろう(分かるわけないのに…)とか、いちいちやったことを人様にアピールしなくても(それじゃ、誰も気づいてくれないよう…)とか、独りよがりのロジックは捨てました。(このブログを始めたのも、これがきっかけです)

ブログだって始めた頃は、週に1記事書けばいいよね。だって続かないし、毎日書いていたら記事の質が保てない、などと考えていました。今考えれば愚かなことです。

だって、最初に週一ペースで書きだした記事は、そんなに質が高くない。。。

ペースを落として質の高い記事が書ける人は今すぐやればいい。でも、こんなことを言っている人に限って大した記事は書いていないんですけどね。だから毎日書くことにした。それしか方法が思いつかなかったし、やるしかないと思ったから。

 

未だに出来ていないことは、読む人の反応をあれこれ考えてしまって、思い切ったことが書けていない。言いたいことがあったら書けばいい。ただそれだけなんだけれど、この辺りはまだまだだと思っています。

それでも少しずつ変えていっている感触はありますので、今後もやりたいように、思ったことを続けていこうと思います。考えることも大切だけれど、行動することはもっと重要なのです。

そのうち、「あぁ、こいつね。以前からこの人は馬鹿じゃないかと思っていました」的な記事が登場するかも。その時は大森自身がかなり吹っ切れた状態になったと思ってくださいませ。実際の大森はこの手の発言が多いのですから。

 

あなたのポリシーが邪魔してできていないことは何ですか?

 

freedom photo