30代で老害って何なの?

今日は寒いので外に出る気になれず、家の中で半日ほど久しぶりの英語学習と記事翻訳の作業をしておりました。勉強すればするほど自分の課題が見つかってくるので、やることが増えるという悪循環というかなんというか。

自分のペースで、嫌気がささない程度に課題をこなしていきたいと思います。英語に限らず、何事も日々勉強ですね。

 

こんばんは、コーチングスケイプの大森です。

 

先日「なぜ職場で“30代老害”社員が急増しているのか」という記事を読みました。

老害と聞くと、私の中では組織の中で高齢社員が時代にそぐわない価値観ややり方に固執して、新しい芽を摘んだり、成長の阻害要因となっているようなイメージだったのですが、この記事を読むと30代の若い社員の中にもそういう人が居るといっています。

確かにいますね。。。

実力の伴わない状態で後輩に偉そうに講釈を垂れている人は、私が会社勤めしているときにも居たし、独立していろいろな組織を見ている中でも存在しています。

 

高齢の老害と若年の老害の共通点は「能力不足」です。

この「能力」は分野や種類など多岐に渡っているので「この能力が足りないからだ!」と断定はできませんが、全体的に何か欠けている印象ですね。

どうしても漠然とした言い方になってしまいますが、おそらく「自己認識」と「観察」の能力が欠けているのではないかと私は思います。要は「身の程知らず」と「周りを見ない」が原因なのではないかと。

能力の高い人ほど「自分に充分な力がない」ということが分かってきます。自分のやりたいことややるべきことの全体像が掴めてくると、自分の能力に不足している部分がわかってきます。

 

それと同時に、全体の中での自分のことも理解できるようになってくるのです。こちらは経験とか精神的な成熟度も要素として加わってくるので、単純に能力の高さだけではないかもしれませんが。でも、己を知り、周囲への理解が深まれば、少なくとも自分の価値観を押し付けることがなくなるでしょう。

こうした人を何とかしようとするのは困難です。だって、そもそも「自分はできている」と思うのでしょうから、そこに疑問を持たない限り自ら学ぼうなどとは考えないのです。企業研修やコーチングを行う時も、厄介なのはこういう人です。

 

こういった場合は、本人の自尊心を傷つけないように配慮しながら、何とか「疑問」を持たせる努力をします。これは時間がかかる作業なので、1日の研修では難しいことも多いのですね。まぁ、30代の老害社員なら、多少手荒な気づかせ方も有りかもしれませんけど、研修が終わった後も自分がその人に関わりを持てるか、同等のフォローができる先輩社員がいるというのが条件でしょうね。(でないと、責任が持てません)

 

あなたは自分のことをどれくらい理解していますか?

 

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Photo by Nicolas Alejandro Street Photography

「考える」ための練習

寒い!寒気が南下してきたみたいで、今朝は昨日以上に冷え込んでいるようです。ちょっと前まで暖冬だと思って気を抜いていました。日々の鍛錬が足りない私には、この寒さは堪えます。。。

 

おはようございます、コーチングスケイプの大森です。

 

一昨日の投稿で、問いかけながら読書するという内容を書きましたが、今日は実際にそれをやってみた例を書きます。

読んだのは書籍ではなくてこちらのウェブ記事です。ある車の評論が書かれているのですが、書中の考察の一部に別の視点を入れて考えてみました。

 

記事中の考察は、ドイツの自動車メーカーが日本に投入したミニバンに関するもので、日本のあるミニバンからの乗り換えが多かったことから、「一部のミニバンユーザーは既存の3列シートミニバンに飽きている」か「他のなにモノかを求めている」ということだという仮説が立てられていました。

ドイツのメーカーが投入したミニバンは3列目のシートが日本のミニバンと比べて狭く、日本のユーザーに受けないのではという印象を持っていたところに、日本で売れ筋のミニバンからの乗り換えユーザが多いということに驚いての発想です。

そもそも発売後1か月の販売データであり、それぞれの販売台数が桁違いの差があるわけであって、考察に足るデータが揃っていないのです。そこで結論を導き出すのは困難であることは明白なので、記者もそれを分かっていて「想像」という言葉を選んでいます。

でも、ここに時間軸を加えて考察すると、別の「想像」もできるのです。乗り換えたユーザが日本のミニバンを購入した時期はデータとして明記されていませんが、昨日今日の話しでないことは想像に難くありません。仮に車検切れなどのタイミングだったとしたら3~5年、もしくは7年程度は経っているのかもしれませんね。

ミニバンを購入するのはファミリー層がメインであろうことから、購入時と乗り換え時(現在)には時間の経過とともに子供の成長という要素が入ってくるでしょう。仮に購入から7年も経っているのであれば、小学生から中学、高校生へと成長しています。

ミニバンからミニバンへと乗り換えるにしても、小学生と高校生の子供を持つ親のニーズが違うことも十分考えられるでしょう。部活や友達付き合いで子供自身も忙しくなったり、場合によっては反抗期などで一緒に旅行する機会が減る可能性もありますからね。なので、既存のミニバンに飽きたのではなく、子供の成長によって広い3列目シートがそれほど重要ではなくなったという見方もできるのです。

 

記事にある言葉をそのまま頭にインプットするのではなく、反論や別の視点を加えるなどのアウトプットをしながら書物や記事を読むことで、自分の思考の幅も広がります。

 

日々の生活に、「考える」ための訓練を取り入れていますか?

 

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読書と知力と自分の意見

三連休も今日で終わりですね。私は正月の延長のように過ごしております。また太るな・・・・。

といいながら、焦ってはいないのですね。

若い頃は痩せていたので「いつでも昔のように痩せられる」という誤った認識が意識の中にあり、焦ることなくこのたるんだ体を維持し続けてしまうのでしょうね。

年齢的に明らかな誤解なんですけど。

 

おはようございます。コーチングスケイプの大森です。

 

最近、読書を勧める内容の雑誌の特集や記事をよく見かけます。読書によって知力を高めようという意図が伝わってきます。

知力には知識も必要ですが、それだけではありません。なので、読書を単なる知識の収集として受け取ると意味がありません。読むことで得る知識以外に、何かが必要なのです。

 

「本を読む本」(講談社学術文庫)という書籍があります。この本は、本の読み方を教えてくれる本です。

内容は読んでもらえば解るので割愛しますが、簡単に書くと「考えながら読む」ということです。著者が問題提起をし、仮設構築、論証、結論を導く過程をそのまま頭に入れても、本当の知力はつかないのです。

本当にそうだろうか?
なぜそういう考えに至ったのか?
他にも手立てはないのか?
具体的にはどういうことだろうか?
つまりどういうことだろうか?

などなど、読みながら多くの疑問をぶつけながら読む。そして、自分なりの答えを模索しながら読み進めることで、読む人の考える能力を養うことになります。

他人の意見を鵜呑みにせず、自分の頭を使って考える。こういう習慣がある人は、本当の「自分の意見」を持てるようになるはずです。

 

あなたは、どのように本を読んでいますか?

 

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