ブログは「育てる」という感覚で書いていこう

三連休の中日なのに一日中家に引きこもり状態で、地道にこのブログのメンテナンスを行っていました。

ある程度の量の記事を思いつくままに書き上げ、記事が溜まったところでカテゴリーを考えて整理しようと思ったまま、結構な量になるまで放置していたので、カテゴリーを整理するだけでも時間が掛かる作業でした。

ついでにタグ付けとか、初期の頃は写真も挿入していなかったので、それらを一気に追加していくという作業です。

なかなかの重労働でした、まだ完全に終わっていませんけど・・・・。

 

こんばんは、コーチングスケイプの大森です。

 

ブログって、自分の中から生まれた言葉を綴っているので、だんだんと愛着が湧くものなのですね。今回のメンテナンス作業をしながら「育てる」という感覚も生まれてきました。

カテゴリーを整理しようと思ったのは、人気ブロガーが「ブログは読者を作るものだ」という内容の記事を書いていて、そこでカテゴリーについて触れられていたからです。

要するに、自分が一連の内容(つまりカテゴリーです)の記事を書き綴っていくことで、その内容に関心がある読者を集めることができる。これは月間数百万PVを誇るブログだから可能なことかもしれませんが、アクセス数が少なくたって規模はともかく同様の原理が働くはずです。

このブログは主にコーチングについて書かれているので、そこに歌舞伎や狂言について知りたいと思っている読者は付きません。読んでくれる可能性があるのはコーチングに関心があったり、このブログに書かれている内容に沿った興味事がある人だけです。

それをカテゴリーという形で分かり易くすることが大切なのですが、やってみると読者の為だけでなく、書く側にも有益な作業だということが分かりました。

実際に過去の記事を読み返しながら、カテゴリーを整理していると「あ、このカテゴリーについて、まだまだ書くことがあるな」とか「こういうカテゴリーも必要なのではないか」と、今後書くべき記事などが見えてきたのです。

毎日更新でちょっとネタがないと思いつつ、無理やり書いていた時もありましたが、まだまだ書くことがたくさんあるということが分かっただけでも十分な効果があります。

また、カテゴリーを決めるときも「一体、このブログは何のために、誰に向かって書いているのか?」などの問いも出てきて、それにこたえる形でカテゴリーを考えていきました。こういう人に読んでもらいたいなら、この人は何に興味があるのだろうとかですね。

ということで、まだ未熟なブログですが、今後ともご愛顧いただければ幸いです。

 

あなたがブログを書くとしたら、どんな人に読んでもらいたいですか?

 

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途中で止めることの方が面倒になってきた話

昨日から風邪の症状が出ていて、昨夜は薬を飲んで早めに寝ました。

そのせいか、今日はかなり楽になっておりますが、まだ頭がぼんやりする感じですね。

でも、大事を取って今夜も早めに寝ることにいたします。

 

こんばんは、コーチングスケイプの大森です。

 

時々「あれ、俺は何のためにこの作業をしているんだろうか?」と思うことってありませんか?

最初の目的を忘れて、その目的達成の手段に没頭するあまり、それがいつの間にか目的化してしまう状態ですね。

私はこのブログを目的化しない範囲で毎日更新し続けているのですが、そろそろ習慣化されてきたのかもしれません。

今日も書くのが辛い状態ではあるものの、書かないと何となく気持ちが悪い。

おそらく良い兆候なのでしょうね。毎日更新すると決めた時、正直に言えば出来るとは思っていませんでした。

またどこかで言い訳を考えて辞めてしまうのではないか?

途中で飽きてしまってブログごと削除してしまうのではないか?(←過去に何度も経験あり…)

でも、どうでしょう。何とか続けているし、途中で止めることの方が面倒というか、居心地の悪い状態を作り出すと考えるまでになりました。

とりあえず、現状ではまだ油断できませんが、これからも続けていきますので、何卒よろしくお願いいたします!

 

あなたが今、習慣化したいことは何ですか?

 

Blogging photo

Photo by KamiPhuc

英語を勉強する目的?

今日は立春ですね。春の始まり、一年の起算日として、今日は鎌倉にお参りしてきました。

早朝の仕事から参拝などを終えて、家に着いてから歩数計を見たら2万歩を超えていました。

朝は4時起きだったせいもあり、今日はぐっすり眠れそうです。

 

こんばんは、コーチングスケイプの大森です。

 

改めて英語の勉強をしてみようと思って、勉強方法などをネットで調べてみたのですが、多くの方が「何のために英語を話せるようになりたいのかをイメージする」ことが大切だと言っています。要するに「学習の目的を持て」ということでしょうね。

○○ができるようになる為に英語を学ぶという感じでしょうか。確かに目的を持てるといいですよね。ブロンドヘアーの素敵な女性とデートしたいとか。

 

でも、思ったんですけど、単純に「英語が話せるようになりたい」でもいいんじゃないでしょうか?

「英語が話せるようになりたい」だけでもいいような。

もちろん「話せたらいいな…」程度ではダメなんでしょうけど、本気で「なりたい」という意思があればいいのだと。

目的に意味づけとかは必要ない時ってありませんか?

 

たとえば、サッカー選手になりたい、のような。どうしてと聞かれてもサッカーが好きだから。サッカーをやっていると楽しいから。何でもいいんですけど、サッカー選手になりたいということに、○○になるためにサッカー選手になるってあんまりないのかもしれない。

男だったら女性にモテたいという純粋(単純?)な動機もありますよね。よく聞く話ではギターリスト。中学や高校時代にモテたいという動機で始めて、そのうちにモテたいとかどうでもよくなって、純粋に「ギターがうまくなりたい!」という風に動機が変わる現象ですね。

 

英語(に限らずすべての外国語)が理解できるようになりたい、という純粋な動機もあるのだと思います。

もちろん、海外のドラマを字幕なしで観てみたいとか、そういう目的もあるでしょうけど、本当に学びたいんだったら目的なんてどうでもいいのかも。

では、そういう動機のない人はどうすればいいのかって?

うーん、別に英語ができなくてもいいのかもしれませんよ、本当のところ。仕事で必要だったら何とかするでしょうしね。

 

私の場合、一人でアメリカに出張に行って、現地スタッフと会話していて相手の言ってることが全然わからなかったとき、近くのブースにいた知り合いのスタッフに英語で「I need your help!」と言って助けてもらったことがあります。その知人はアメリカ人で日本語は話せません。だけど、藁にも縋る勢いで、英語を英語で通訳してもらう(?)というなんだかよく分からないことをしていました。

その知人は私が英語が苦手だと分かっていたので、相手の言っていることをゆっくり話しながらホワイトボードに図解で教えてくれたのでした。

 

話がズレちゃいましたけど、英語が話せなくても何とかなるし、本当に話したいと思っているなら多少つらいと思っても勉強するでしょってことです。

コーチングでも、クライアントに強い動機がないと目標に近づきません。クライアント以上にコーチが頑張ることはありませんし、最終的にはクライアントの意志がすべてなのです。

 

今、あなたを本気にさせていることは何ですか?

 

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