「教えない」プロは「教える」プロでもある

今日の午後、半年ほど続いたコーチング研修が修了を迎えました。

頑張った受講生との別れはいつも寂しい気持ちになりますが、彼らにとって本当の意味を持つのはこれからですから、門出を祝いたいと思います。

 

こんばんは、コーチングスケイプの大森です。

 

修了日はワークが詰まっていて、ゆっくりお話しする時間もありませんでしたので、参加者に関連しそうな書籍を紹介しておきました。

書籍の紹介は、研修だけでなくコーチングセッションの中でも度々行います。クライアントが考えるヒントが詰まっている本であれば、必ず役に立つはずです。

コーチングは「教えない」が根本にあります。しかし、絶対に教えないということはありません。諸条件が整えば教えることもあるのです。

条件は「クライアントが考えても答えを出せない、且つそれをクライアントが自覚している」ことと、「コーチが教えることの許可を取る」ことです。

もともと「教えない」は、人間が押し付けられた考えに反発する習性を持っているからです。自分のことに置き換えてみればわかるはずですが、あれこれ指図されるのは嫌ですよね。自分で考えさせてくれと。

逆に自分で思いついたことは自分でも大切にします。だから行動が伴うのです。

自分で思いついてもらうためには、クライアントに考えて貰わなければなりません。もし思いつく前にコーチが教えてしまうと、クライアントが考える機会を失います。

だから「教えない」のですね。クライアントの「考える」を奪わないで、クライアントが考えた結果、教えてほしいと思うのであれば教えても構わない。ただし、考えもしないうちに「教えてくれ」と言われてもプロのコーチは教えません。理由はもうわかりますよね。

コーチングを学んで最初にショックを受けるのは「教えない」ということかもしれませんね。教えないで気づかせるのがコーチングということを言葉通りに覚えこんでしまうと先の理屈が理解できないことでしょう。

ところで、私が知る限り「この人すごいコーチだな」と思えるコーチは、みな教えるのが上手です。コーチとしてだけでなく、研修講師としても活躍されている方が多いのも頷けます。

「教える」プロであり、「教えない」プロでもあるのです。

ときどき、クライアントに教えることのできないコーチを見かけることがあります。実際にその人のコーチングを見たわけではないのですが、話をしているとその人の知識量が欠如しているのが分かるからです。(こういう人は、他にも問題があるのですけど)

私が憂慮しているのは「教えない」を良い事に、「教えられない」コーチがいるということ。正直な物言いをすれば「教えられないのならコーチの資格なし」だと考えています。

「教えない」と「教えられない」は全く次元が違うのです。

コーチが受け持つクライアントは多種多様です。私の場合でもコンピュータ回路の設計のお仕事をされていたり、先端農業の技術開発をされていたり、はたまた飲食店の開業を目指したり、従業員1000名以上の会社の社長さんだったりと、いろいろな分野で活躍されたり、その分野を目指している人が私のクライアントなのです。

私はビジネスコーチングをメインにしておりますので、こういった方々と仕事内容の話をします。でも、私は彼らの分野のスペシャリストではありません。

それでも私が書籍や、様々な人との会話や、セミナーなどで得た知識と思考をフル回転させれば彼らが何に悩み、つまずき、そして解決の糸口を見つけられるかが分かるようになるのです。

その分野のスペシャリストになる必要はありませんが、理解できる程度の幅広い知識と洞察力(主には抽象化の思考技術)があればいいのです。

だから、コーチになるためにはコーチングの本を読むのは当たり前で、コーチングに関係のない書籍もたくさん読んだ方がいいのです。コーチングや心理学、人間関係に関わる本はたくさん読まれているコーチは多いのですが、それ以外の書籍ですね。分野は問いません。これを読んでいれば大丈夫なんて書籍リストはありませんから。

もし、これからコーチングを学ぼうとしている人や、既に学んでいる人が居たら、ぜひ様々な分野の本を読むことをお勧めします。それはコーチとしてだけでなく、日々の生活も豊かにしてくれるはずですから。

 

あなたは何のスペシャリストですか?

 

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Photo by Josh Antonio

あなたが心からやりたいことに意味はあるのか?

今日は接骨院で五十肩の治療を受けて来ました。

まだ肩が上がりませんが、治療を受けて痛みが取れるだけでもかなり楽になります。

早く良くなればいいのですが、いつ治るかは予測ができません。

 

こんばんは、コーチングスケイプの大森です。

 

自分の記憶力が弱くなったせいなのかは分かりませんが、思いついたアイデアが時間を置くことで思い出せなくなることがあります。

今日のブログのネタも、午前中に「あ、このことについて書こう」と思ったことがあるはずなのですが、どうにも思い出せない。

ひょっとしてメモしてあるかなとメモ帳を見返してみましたが、書いていない。それもそのはずで、書いた記憶がありませんからね。(溺れる者は藁をもつかむ)

 

ということで、アドリブで書いていきます。

 

コーチング研修などで受講者同士で模擬コーチングを行ってもらうことが多いのですが、その時にクライアント役になった受講者がコーチングでコーチに相談するテーマが思いつかないことがあります。

今の課題は何?というテーマ設定に対しては、ちょっと考えると思いつくようですが、意外と出てこないのが「あなたがやりたいこと」というテーマです。

真面目な人ほど躓く傾向があるようにも思うのですが、何故でしょうね?

自分の「これから」について考えたことがないのかもしれませんけど、それでも全く出てこない人もいることは事実です。

私が思うに、自分がやりたいことに意味を見出そうとし過ぎているのかなと。

自分の「やりたいこと」が将来、自分にとって意味があることであり、今の自分から見ても納得のいくものを探そうとすると意外と思いつかない、そう思うのです。

自分のやりたいという感情に合理的な意味なんてないことの方が多いはずです。

私だったら50歳を目前にして突然プログラミング言語を学ぼうとしています。でも、これって何の意味もないのですよ。(少なくとも今のところは)

老後にプログラマーとしての職を得ようとか、それを学ぶことによって自分の将来に得なことがあるとか。実際にはそんなことはないと思います。

でも、不思議なことに学ぶ過程で起こることや、学んだことで何かを起こる可能性も否定できません。確実なのは「今は意味がない」ということだけです。

では、何のために学ぶのか? 答えは簡単です。

 

「やりたいから」

 

以上。(笑)

 

でも、こんなものなんだと思います。「世の中で起こることのすべてに意味がある」というのは結果論的な発想で、たいていは後から意味が出てくるもの、もしくは意味を見出されるものです。

だから、これから先に起こることには、現時点で意味がないのだと。

損得勘定ばかりで「やりたいこと」を考えていたら、何も浮かばないのはよく分かります。まだ起こっていない事柄で、しかも意味のないところに意味を見出そうとか、損か得かで判断しようとしているのですからね。

あれこれ考えないで、自分の中の声に耳を傾けて聴いてみる。その中で本当にやってみようと思えるものがあれば一歩でも二歩でも踏み出してみる。

やってみて違ったら止めればいいだけですから。

 

あなたの「本当にやりたいこと」は何ですか?

 

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曖昧な日本語は英語で理解すればいい

本日、『コーチングの風景』体験セミナーの3回目を実施しました。

今回は4名の方が受講され、『コーチングの風景』のコンセプトや内容に関してご理解いただけたと思います。3時間、休憩なしで熱心に受講された姿が印象的でした。

4月から無償提供される研修コンテンツですが、私が本当にやりたいことは「コミュニティづくり」ということもお伝えしました。

ご興味のある方は次回以降、ぜひご参加いただければ幸いです。(現時点では時期未定ですけど、必ずやります!)

 

こんばんは、コーチングスケイプの大森です。

 

セミナーからの帰宅途中、参加者の一人である 荒木まさえ さんと電車の中でいろいろお話ししました。彼女とは国際コーチ連盟日本支部で共に理事を務める仲でありますが、今までゆっくりとお話しする機会がなかなか取れませんでした。(皆、自分の仕事を持っていて、それぞれが忙しい中で理事の役割を果たしているのです)

すごく興味深かったのは、日本語を英語で理解するというプロセスでした。彼女はバイリンガルであり、コーチングスキルもアメリカで習得しています。そんな彼女は日本語をいったん英語に置き換えることで日本語の持つ曖昧さを排除したり、適切な日本語に変換したりしているようです。

 

曖昧さを嫌う文化の中で生まれた言語ですから、英語にするだけで自ずと日本語の曖昧さが排除されます。日本語は主語はおろか目的語すら省略可能ですから。ヨーロッパの言語(イタリア語など)なども主語が省略可能なものがありますが、さすがに目的語は省略できません。

たとえば、相手に関心を持つという意味合いも、英語で curious なのか interesting なのかという風に変換できます。私の英語力だとどちらも興味深いね、面白いねというときに使ってしまいそうですが、この2つの英単語の語感は違うようです。

なので、誰かが「関心がある」と言った場合も日本語→英語で、この人は curious なのか interesting という意味で言っているのか?と意味合いを定義しているみたい。

 

私にはとてもうらやましい能力です。私の場合は、曖昧さを排除するために日本語を日本語で再定義するという非常に面倒な作業をしています。研修コンテンツを作るときに特にそういう作業が求められるのです。

国際コーチ連盟はアメリカに本部を置く組織ですから、日本支部の役割のひとつに本部の情報、世界の情報を日本に伝えるというものがあります。この場合は英語→日本語ですね。ここでも彼女の能力は心強いのです。

 

4月から国際コーチ連盟が発行している「コア・コンピテンシー」と「倫理規定」(共に原文は英語)に基づく「コア・コンピテンシーゼミ」を開催するそうです。英語+日本語で正確に意図を汲みとりながら、国際基準のプロフェッショナルコーチの能力を学ぶことができるセミナーですので、ご興味のある方はぜひご参加してみてはいかがでしょうか。

 

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